神託の言葉

やさしい顔で来るもの|八俣遠呂智と、酔わされる仕組み

内乃燈

内乃燈(うちのあかり)/占い師 ウチノアカリ 50代のとき、職場のパワハラ・モラハラから鬱になり、生きる希望を無くしました。 そこから、心と脳のしくみを学び直しています。 脳科学と魂の声が交差する場所で、生きづらさを抱える方へ言葉を届けています。 神託のカードでは、当てるためではなく、 あなたが自分の声を思い出すための一枚をお渡ししています。

日本神話に登場する、最も有名な怪物。

八俣遠呂智(やまたのおろち)。八つの頭と八つの尾を持つ、山を八つ越えるほどの巨大な蛇です。

この物語がいまも読まれ続けているのは、倒し方にあると思っています。

須佐之男命は、力でねじ伏せたのではありません。酒で酔わせて、眠ったところを斬ったのです。


八俣遠呂智とは、何者か

『古事記』の描写は、驚くほど具体的です。

目は鬼灯(ほおずき)のように赤く光り、ひとつの胴体に八つの頭と八つの尾を持つ。背中には苔が生し、杉や檜が生えている。腹は爛れて血がにじんでいる。

苔と木が生えるほどの年月を、そこに在り続けたということです。

出雲の斐伊川のほとりに現れては、毎年ひとりずつ娘を呑んでいきました。老夫婦には八人の娘がいましたが、七人までが呑まれ、最後に残ったのが櫛名田比売(くしなだひめ)でした。


剣ではなく、酒で

須佐之男命がとった方法は、こうです。

まず、垣を巡らせ、八つの門を作らせる。それぞれの門に台を置き、八塩折之酒(やしおりのさけ)——何度も繰り返し醸した、非常に強い酒——を満たした器を置かせました。

八俣遠呂智は現れ、八つの頭をそれぞれの器に突っ込んで飲みます。そして酔って、その場に眠り込みました。

須佐之男命は十拳剣(とつかのつるぎ)で斬り伏せます。尾のひとつを裂いたとき、中から一振りの剣が現れました。これがのちの草薙剣、三種の神器のひとつです。

大蛇を倒したのは、剣ではなく酒でした。


呑まれるものは、たいてい心地よい

この物語の構造をよく見ると、少し背筋が伸びます。

八俣遠呂智は、恐ろしいものに敗れたのではありません。気持ちのいいものに敗れたのです。

しかも、逃げられない形で差し出されました。八つの頭に、八つの器。ひとつずつ、ちょうど届く場所に。

**避けるべきものは、たいてい脅威の顔をしていません。**むしろ、いま欲しいものの顔をして、ちょうど手の届く距離に置かれます。


なぜ、分かっていても手が伸びるのか

ここで脳のしくみに触れさせてください。責めるための話ではありません。構造を知っておくと、自分を責めなくて済むからです。

目の前の報酬は、実際より大きく見えます

人の脳には、報酬に反応する回路があります。ドーパミンが関わる、快さや期待を担う仕組みです。

この回路には、よく知られた癖があります。遠い先の報酬より、目の前の報酬を過大に評価するという性質です。心理学では遅延割引と呼ばれます。

半年後の健康より、今夜の一杯。来年の安定より、今日の安心。

これは意志の弱さではなく、脳の見積もりの仕方です。誰にでも同じように備わっています。

疲れているときほど、効きます

もうひとつ大事なことがあります。

判断や自制を担う前頭前野の働きは、疲労・睡眠不足・強いストレスの下で落ちやすいことが知られています。

つまり、弱っているときほど、目の前の心地よさが強く見える。

八俣遠呂智が現れたのは、七人の娘を失い、老夫婦が泣き暮れていた土地でした。弱っている場所にこそ、それは来るのです。

だから、意志ではなく設計で

意志の力で抗い続けるのは、うまくいきません。前頭前野が疲れれば、遅かれ早かれ崩れます。

有効だとされているのは、選択の手前で環境を変えておくことです。

手の届く場所に置かない。決断する回数を減らす。疲れている時間帯に大きな判断をしない。

須佐之男命がしたことも、まさにこれでした。**大蛇と正面から戦わず、先に垣を巡らせ、門を作り、器を置いた。**戦う前に、勝てる形を作っていたのです。


尾から剣が出たこと

この物語には、もうひとつ見逃せない結末があります。

倒した大蛇の尾から、草薙剣が出てきました。

長いあいだ人々を苦しめてきたものの中に、宝が入っていた。須佐之男命はそれを天照大御神に献上し、剣はやがて三種の神器のひとつになります。

これは、示唆に富んだ終わり方だと思います。

あなたを長く縛ってきたものの中にも、何かが入っているかもしれない。それは、乗り越えたあとにしか取り出せません。

苦しんできた時間そのものが、剣になることがあります。


いま、あなたに置き換えると

呑まれてはいけないものが、やさしい顔で来ていないか。

それは酒とは限りません。都合のいい言葉かもしれない。抜け出せない関係かもしれない。「今回だけ」という例外かもしれません。

そして、それが来ているとしたら、いまあなたは弱っています。

これは責める話ではありません。弱っているときに現れるのが、この大蛇の性質だというだけです。

必要なのは、強くなることではありません。器を手の届く場所から遠ざけることです。


この神様が現れたとき

神託引きで八俣遠呂智が出たなら、それはいま何かに酔わされていないかを確かめる報せです。

責められているのではありません。試練として現れるものは、乗り越えられる時期にしか来ないからです。

そして、その先に剣があります。


八俣遠呂智とゆかりの深い場所

  • 八重垣神社/島根県松江市 ― 須佐之男命と櫛名田比売をお祀りします
  • 須我神社/島根県雲南市 ― 大蛇退治のあと、須佐之男命が宮を建てた「日本初之宮」と伝わります
  • 熱田神宮/名古屋市 ― 大蛇の尾から現れた草薙剣をお祀りします

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