助けられることが、苦手な方はいませんか。
迷惑をかけたくない。自分でなんとかしたい。手を差し伸べられても、つい「大丈夫です」と言ってしまう。
そういう方に、この神様の話をしたいと思います。
櫛名田比売とは、どんな神様か
櫛名田比売(くしなだひめ)。出雲の足名椎(あしなづち)・手名椎(てなづち)という老夫婦の、末の娘です。
名の「クシナダ」は、奇(くし)しき稲田、つまり不思議な力を持つ田を意味するとされます。稲そのものを象徴する女神です。
八重垣神社をはじめ、出雲の各社に、須佐之男命とともに祀られています。
司るものは、守られること。清め。そして、実り。
八人目の娘
高天原を追われた須佐之男命が、出雲の斐伊川のほとりに降り立ったとき。
上流から箸が流れてきました。人が住んでいると思って川を遡ると、老夫婦が娘を挟んで泣いています。
わけを尋ねると、こう答えました。
私たちには八人の娘がおりました。けれど毎年、八俣遠呂智という大蛇が来て、ひとりずつ呑んでいきました。今年もその時が近づいています。この子が、最後のひとりです。
七人の姉は、すでにいません。
そして今年、自分の番が来た。櫛名田比売は、そのことを知りながらそこにいました。
櫛に変えられて
須佐之男命は言います。この娘を私にくれるなら、大蛇を退治しよう、と。
老夫婦が承知すると、須佐之男命はすぐさま櫛名田比売の姿を湯津爪櫛(ゆつつまぐし)に変え、自分の髪に挿しました。
そして、垣を巡らせ、八つの門を作り、八塩折之酒を用意させます。
大蛇が現れ、八つの頭を器に突っ込み、酔って眠り込んだところを斬り伏せました。
この間ずっと、姫は櫛のまま、須佐之男命の髪の中にいました。
戦いのすべてを、いちばん近くで見ていたことになります。
なぜ、櫛だったのか
私は長いあいだ、この場面を不思議に思っていました。
安全な場所に隠すのなら、遠くへやったほうがいい。なぜ、わざわざ戦いのただ中に連れていったのか。
いくつか読み方があります。
姫を守り抜くという意志の表明だった、という読み方。稲田を象徴する姫を身につけることで力を得た、という読み方。
けれど私は、もっと素朴なところに惹かれます。
離さなかった、ということです。
「ここで待っていなさい」ではありませんでした。連れていった。いちばん危ないところへ、いちばん近くに置いた。
守るとは、遠ざけることではなかったのです。
「守られること」を、脳の側から見ると
助けを受け取れないのには、理由があります
助けを断ってしまう。頼るのが怖い。心当たりのある方は少なくないと思います。
これは性格の問題というより、過去の経験から学習した振る舞いであることが知られています。
頼って断られた。頼ったせいで責められた。そういう経験が重なると、脳は「頼ることは危険だ」と学習します。**痛かった場所に、もう一度手を伸ばさない。**とても合理的な反応です。
つまり、助けを受け取れないことは弱さではありません。かつて必要だった防御が、まだ働いているだけです。
支えがあるという感覚は、それ自体が効きます
一方で、こういうことも知られています。
困難な状況にあるとき、「支えてくれる人がいる」という感覚があるかどうかで、ストレスの影響の受け方が変わります。実際に助けてもらったかどうかとは別に、そう感じられていること自体が働くのです。
これは、櫛名田比売の場面とよく重なります。
姫は、自分では何もしていません。戦ってもいないし、逃げてもいない。
けれどいちばん近くにいた。その位置にいたことが、この物語では意味を持っています。
受け取らないことは、相手から機会を奪うことでもあります
もうひとつ。
人は、誰かを助けたときにも報われるようにできています。与えることに対して、脳の報酬に関わる回路が反応することが知られています。
つまり、あなたが助けを断ることは、相手からその機会を取り上げることでもあるのです。
迷惑をかけたくない、という気持ちは優しさです。けれどその優しさが、相手の優しさを行き止まりにしてしまうことがあります。
いま、あなたに置き換えると
守られていることに、気づいていいのです。
いま、あなたを支えているものが、必ずどこかにあります。人かもしれないし、仕事かもしれないし、習慣かもしれない。当たり前になりすぎて、見えなくなっているだけかもしれません。
そして、差し出された手は取ってください。
櫛名田比売は、抵抗しませんでした。櫛にされることを受け入れ、髪の中にいました。
**受け取ることは、負けではありません。**それも、この物語の一部です。
この神様が現れたとき
神託引きで櫛名田比売が出たなら、それはひとりで背負わなくていいという報せです。
いま抱えているものを、少し誰かに預けてみてください。
七人の姉を失った家に、それでも助けは来ました。
櫛名田比売とゆかりの深い場所
- 八重垣神社/島根県松江市 ― 須佐之男命と櫛名田比売をお祀りし、縁結びで知られます
- 須我神社/島根県雲南市 ― 大蛇退治のあと、ふたりが宮を建てた「日本初之宮」と伝わります
- 稲田神社/島根県奥出雲町 ― 櫛名田比売の生誕地と伝わり、姫を主祭神とします
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