負けた話が、そのまま残っている神様がいます。
しかも、逃げた先で祀られている。
建御名方(たけみなかた)。諏訪大社の神様です。
建御名方とは、どんな神様か
大国主の子。事代主の弟にあたります。
名の「ミナカタ」は「水潟」に通じるとも、宗像(むなかた)に由来するとも言われますが、はっきりしません。
司るものは、抵抗。再起。そして、守り。
諏訪大社の御祭神として、軍神・農耕神・狩猟神と、幅広く信仰されてきました。
ひとりだけ、抵抗した
国譲りの場面です。
建御雷が稲佐の浜に降り立ち、剣の切先に座して迫りました。大国主は答えを子に委ね、兄の事代主はためらわず承諾して身を退きます。
そこへ、建御名方が現れました。
千引の岩を手先で軽々と持ち上げながら、こう言います。
「誰だ、我が国に来てひそひそと物を言うのは。力比べをしようではないか。」
そして建御雷の手をつかみました。
完敗でした
つかんだ手は、**氷柱に変わりました。**次いで、剣に変わりました。
驚いて退く建御名方の手を、今度は建御雷がつかみます。
若い葦を引き抜くように、投げ飛ばされました。
建御名方は逃げます。追われ、追われて、ついに科野国(しなののくに)の州羽(すわ)の海――いまの諏訪湖まで来たところで、追い詰められました。
そして言います。
「恐れ入りました。私を殺さないでください。この地から他へは行きません。父と兄の言葉に背きません。この国は献上いたします。」
こうして、命を許されました。
そこから、動かなかった
ここからが、この神話のいちばん大事なところだと思っています。
建御名方は、諏訪から出ないと誓いました。そして本当に、出ませんでした。
けれどそれは、閉じこもったという意味ではありません。
諏訪の地で、この神様は深く根を張りました。**諏訪大社は全国に約一万社の分社を持ちます。**七年ごとの御柱祭は、いまも数万人を動かします。
負けて、逃げて、たどり着いた土地。そこが、生涯をかけて守る場所になりました。
逃げた先が、領地になったのです。
「負けたあと」を、脳の側から見ると
敗北そのものより、意味づけが効きます
うまくいかなかった経験のあと、人がどう回復するかには差があります。
分かれ目のひとつが、その失敗をどう説明するかです。
「自分には能力がない」「いつもこうだ」「何をやってもだめだ」――このように広く・永続的に捉えると、次の行動が起きにくくなることが知られています。
一方、「あの相手には勝てなかった」「あの方法が合わなかった」と限定的に捉えられると、別の場所で動けます。
建御名方の言葉を、もう一度読んでみてください。
「この地から他へは行きません」
彼は「私はだめだ」とは言っていません。**「ここにいる」**と言ったのです。負けを、場所の話に変えました。
動ける範囲を持つことが効きます
もうひとつ。自分でコントロールできる領域があると感じられるかどうかは、心の回復に大きく関わります。
すべてを失ったように見えても、「ここは自分の場所だ」と言える範囲があれば、そこから立て直せます。
諏訪という限られた土地。それが建御名方の、動ける範囲でした。
兄と比べなくていい
事代主はためらわず退き、建御名方は戦って負けました。
どちらが正しいという話ではありません。
事代主は恵比寿として福の神になり、建御名方は諏訪の守り神になりました。まったく違う道で、どちらも祀られています。
引き際の見事さも、抵抗した末に根を張ることも、どちらも一つの生き方です。
いま、あなたに置き換えると
負けた場所からでも、守るものは築けます。
いま「もうだめだ」と感じていることがあるなら、その範囲を確かめてみてください。
本当に全部だめでしょうか。それとも、特定の場所で、特定の相手に、うまくいかなかったのでしょうか。
そして、逃げた先を軽んじないでください。
望んで来た場所ではないかもしれません。追い詰められて、仕方なくたどり着いた場所かもしれません。
建御名方もそうでした。それでも、そこが一万社の起点になりました。
この神様が現れたとき
神託引きで建御名方が出たなら、それはいまいる場所で根を張るときという報せです。
もっと良い場所があるはずだ、と探しているなら。いったん、足元を見てください。
動かないと決めた者が、いちばん強く守ります。
建御名方とゆかりの深い場所
- 諏訪大社/長野県諏訪市ほか ― 上社・下社の四宮からなり、御柱祭で知られます
- 手長神社・足長神社/長野県諏訪市 ― 諏訪の地に古くから伝わる社です
- 全国の諏訪神社/約一万社 ― 逃げ着いた一柱から、これだけの分社が生まれました
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