前回、失くした釣り針を探して海へ潜った弟の話を書きました。
今回は、その針を返せと言い続けた兄の話です。
日本神話は、たいてい勝ったほうの側から語られます。けれど負けた側にも、言い分はあります。
火照命とは、どんな神様か
火照命(ほでりのみこと)。海幸彦という呼び名で知られています。
瓊瓊杵尊と木花之佐久夜比売の子。燃えさかる産屋の中で生まれた三兄弟の長男です。
弟が火遠理命(山幸彦)。
司るものは、海の幸。誇り。そして、執着。
隼人(はやと)の祖とされ、隼人舞はこの神が溺れたときの様子を写したものだと伝わります。
交換を、渋っていた
物語のはじまりを、もう一度見てみます。
兄は海で魚を釣り、弟は山で獣を狩っていました。それぞれの領分で、うまくやっていたのです。
言い出したのは、弟でした。「互いの道具を取り替えてみませんか。」
『古事記』はこう記します。兄は**三度も断りました。**それでも弟が願うので、ついに折れた。
気が進まなかったのです。
そして案の定、弟は一匹も釣れず、そのうえ大切な釣り針を海に落としました。
千本では、だめだった
弟は自分の十拳剣を潰して、五百本の釣り針を作って差し出します。
兄は受け取りません。
千本にしても、受け取りません。
「もとの釣り針でなければならない。」
この一点を、譲りませんでした。
外から見れば、頑なです。千本もらえば十分ではないか、と。
けれど――気の進まない交換を頼まれて折れた側からすると、話が違います。
譲ったのは自分でした。そして、その結果として大事なものを失った。代わりの品で片づけられるなら、最初から断れなかったことになります。
潮に、溺れた
弟は海神の宮で三年を過ごし、針とともに潮満玉と潮乾玉を持って戻ります。
海神に教えられた通り、呪いの言葉を唱えて後ろ手に針を渡しました。
その後、兄は次第に貧しくなり、怒って攻めてきます。弟は潮満玉で潮を満たし、兄を溺れさせました。
苦しんで詫びる兄を、潮乾玉で助けます。
そして兄は誓いました。「今後は昼夜、あなたの守護人としてお仕えします。」
この物語の、もうひとつの読み方
火照命は、しばしば「強欲な兄」として語られます。
けれど私は、少し違う読み方をしています。
この神様が失ったのは、釣り針ではありませんでした。
三度断ったのに押し切られた。譲ったのに損をした。それでも「気にするな」と言えというのは、酷な話です。
彼が握りしめていたのは針そのものではなく、「あのとき断ればよかった」という思いだったのではないでしょうか。
「手放せない」を、脳の側から見ると
不公平は、損より強く効きます
自分が損をしたとき、その損の大きさより「不公平だ」という感覚のほうが強く働くことがあります。
たとえ差し出された代償が十分でも、筋が通っていないと感じると受け取れない。
火照命が千本の針を断ったのは、計算が合わなかったからではありません。納得が合わなかったからです。
怒りには、正しさが含まれています
理不尽に対して怒るのは、正常な反応です。怒り自体は、悪いものではありません。
問題は、それが長く続いたときです。
繰り返し思い返す状態が続くと、気分の落ち込みが長引きやすいことが知られています。考えているつもりで、同じ場面を再生し続けている状態です。
火照命は、弟が三年いなくなっているあいだ、ずっと待っていました。その三年で、何が育ったでしょうか。
受け取ることは、負けを認めることではありません
そして、いちばん難しいところです。
代償を受け取ると、「もう終わったこと」になってしまう気がします。だから受け取れない。
けれど、受け取らずにいるあいだも、時間は過ぎていきます。握っている手は、他のものを持てません。
弟が海から持ち帰ったのは、針と、珠と、妻でした。兄が手にしていたのは、正しさだけでした。
いま、あなたに置き換えると
握りしめた手では、次の恵みを受け取れません。
いま「あのとき、こうされた」と繰り返し思い返していることがあるなら。
あなたが正しくないという話ではありません。 たぶん、あなたは正しい。三度断ったのに押し切られたのですから。
けれど――正しさを持ち続けることと、あなたが良くなることは、別のことです。
そして、断りたいときは断ってください。
三度断って、四度目に折れたことが、この物語のすべての始まりでした。気が進まないなら、四度目も断っていいのです。
この神様が現れたとき
神託引きで火照命が出たなら、それは手を開くときという報せです。
握っているものを見てください。それは本当に、まだ必要なものでしょうか。
手放すことは、許すことではありません。あなたが次へ進むことです。
火照命とゆかりの深い場所
- 潮嶽神社/宮崎県日南市 ― 全国で唯一、火照命を主祭神とする神社と伝わります
- 鹿児島神宮/鹿児島県霧島市 ― 弟の火遠理命とともに、隼人の地に鎮まります
- 青島神社/宮崎市 ― 海幸山幸の物語の舞台とされる地です
あなたと結びつきの強い神様を調べてみませんか
38柱の神々から、いまのあなたに必要な一枚を引く無料のオラクル「神託引き」をご用意しています。生年月日から、あなたと結びつきの強い神様を導き出すこともできます。
三十八柱すべての紹介は、こちらにまとめました。
もう少し深く読み解きたい方へ
神託引きが伝えるのは「どの神様があなたのそばにいるか」までです。
その神様が、いまあなたが立っている転機に対して何を告げているのか。そこから先は、お一人おひとりの状況を伺わなければ読めません。
鑑定では、ご相談の内容と誕生日をもとに、あなただけの鑑定書(PDF)と鑑定動画をお作りしています。当てるための占いではなく、納得のいく選択のための道しるべとして。