神託の言葉

抜かずに収めた神|経津主と、斬るべきものの話

内乃燈

内乃燈(うちのあかり)/占い師 ウチノアカリ 50代のとき、職場のパワハラ・モラハラから鬱になり、生きる希望を無くしました。 そこから、心と脳のしくみを学び直しています。 脳科学と魂の声が交差する場所で、生きづらさを抱える方へ言葉を届けています。 神託のカードでは、当てるためではなく、 あなたが自分の声を思い出すための一枚をお渡ししています。

剣の神様なのに、斬った場面がありません。

香取神宮の御祭神、経津主(ふつぬし)。

この神様の物語を読んでいると、剣とは何のためにあるのかを考えさせられます。


経津主とは、どんな神様か

経津主神(ふつぬしのかみ)。『日本書紀』に登場する剣の神です。

名の「フツ」は、ものを断ち切るときの音を表すとされます。「フツリ」と切れる、あの音です。

『古事記』では建御雷が国譲りの主役ですが、『日本書紀』では経津主が主で、建御雷が副として描かれます。伝承によって立場が入れ替わる、興味深い神様です。

香取神宮の御祭神。鹿島神宮の建御雷と対をなし、鹿島・香取として並び称されてきました。

司るものは、断つこと。鎮め。そして、静けさ。


誰を斬るために選ばれたのか

葦原中国を平定するにあたり、天の神々は誰を遣わすかを議りました。

『日本書紀』では、まず経津主神が選ばれます。

そこへ建御雷が名乗り出ました。「経津主だけが丈夫(ますらお)で、私は違うというのか。」

その気迫を認められ、ふたりで降ることになります。

剣の神が二柱。 見るからに、力ずくの布陣です。


それでも、抜かなかった

ふたりは出雲の五十田狭(いたさ)の小汀に降り立ちました。

十握剣を抜いて逆さに地に突き立て、その切先の上に座して、大己貴神(大国主)に問います。

天つ神の御子に、この国を譲るか、と。

大国主は子の事代主に委ね、事代主はためらわず承諾しました。

ここまで、剣は一度も振るわれていません。

抜いた剣は、地に刺さっています。使わないと示すために、抜いたのです。


「抜かない」という強さ

剣を持つ者が剣を使わないとき、そこには二つの意味が生まれます。

使えるのに使わないという選択と、使わずに済ませるという技量です。

もし振るっていれば、勝ったとしても遺恨が残りました。抜かずに収まったから、事代主は自分の意志で退いたことになります。

これは、相手の面目を残すということでもあります。

負けた側が「自分で決めた」と言える形にする。それが、この二柱のやったことでした。


「断つ」を、脳の側から見ると

決められないのは、意志が弱いからではありません

何かを断ち切れないとき、私たちは自分を責めがちです。決断力がない、意志が弱い、と。

けれど判断や選択を繰り返すと、判断そのものの質が落ちていくことが知られています。

つまり「もう少し考えてから」と先送りするほど、決めるための力は減っていきます。考える時間は、決断の助けになりません。

迷いは、対象が定まっていないだけのことがあります

もうひとつ。

「決められない」と感じているとき、選択肢の問題ではなく、基準の問題であることがあります。

何を優先するかが自分の中で定まっていないと、いくら情報を集めても決まりません。情報が足りないのではなく、ものさしがないのです。

経津主が剣を地に突き立てたのは、基準を示したということだと思っています。振るう気はない、けれど引く気もない。その一点を明らかにしたから、話が進みました。

断つ相手は、たいてい外にいません

そして、いちばん大事なところです。

私たちが本当に断ち切れずにいるのは、相手や状況ではなく、「まだ何とかなるかもしれない」という自分の思いのほうです。

外側を斬っても、そこは変わりません。


いま、あなたに置き換えると

斬るのは相手ではなく、迷いのほうです。

いま決めきれずにいることがあるなら、こう問い直してみてください。

足りないのは情報でしょうか。それとも、何を大事にするかが決まっていないのでしょうか。

後者なら、いくら調べても決まりません。

そして、決めたあとに争う必要はありません。

はっきりと立場を示せば、多くのことは剣を抜かずに収まります。強く言うことと、はっきり言うことは別のものです。


この神様が現れたとき

神託引きで経津主が出たなら、それは静かに決めるときという報せです。

構えなくて構いません。声を荒げる必要もありません。

剣は、地に刺しておけばいいのです。


経津主とゆかりの深い場所

  • 香取神宮/千葉県香取市 ― 経津主を主祭神とする、東国屈指の古社。要石で知られます
  • 春日大社/奈良市 ― 建御雷とともに、経津主も祀られています
  • 石上神宮/奈良県天理市 ― 布都御魂剣を御神体とし、フツの名を伝えます

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