神託の言葉

境を守る神|黄泉津大神と、戻らないと決めた日のこと

内乃燈

内乃燈(うちのあかり)/占い師 ウチノアカリ 50代のとき、職場のパワハラ・モラハラから鬱になり、生きる希望を無くしました。 そこから、心と脳のしくみを学び直しています。 脳科学と魂の声が交差する場所で、生きづらさを抱える方へ言葉を届けています。 神託のカードでは、当てるためではなく、 あなたが自分の声を思い出すための一枚をお渡ししています。

戻れないと分かったとき、人はどうするでしょうか。

追いかけるか、待つか、それとも――境目に印を置くか。

この神様は、三つめを選びました。


黄泉津大神とは、どんな神様か

黄泉津大神(よもつおおかみ)。黄泉の国を統べる大神です。

『古事記』は、伊邪那美が黄泉に留まり、その主となったと記します。つまり、国生みの女神が変じた姿ということになります。

伊邪那美として祀られる社は多くありますが、黄泉津大神という名で語られるとき、それは死者の世界の主としての側面です。

司るものは、境界。終焉。そして、再生。


追いかけて、逃げた

伊邪那岐は、亡くなった妻を連れ戻そうと黄泉へ向かいました。

御殿の戸口で、伊邪那美は告げます。

「もっと早く来てくださればよかった。私はもう黄泉の食べ物を口にしてしまいました。けれど、あなたが迎えに来てくださったのですから、戻れるよう黄泉の神と相談してみます。その間、決して私を見ないでください。」

伊邪那岐は待ちきれず、櫛の歯を折って火を灯し、中を覗きました。

そこにいたのは、変わり果てた姿でした。

逃げる夫。追う妻。髪飾りを投げれば葡萄が実り、櫛を投げれば筍が生える。最後は桃の実を投げて追手を払いました。

そしてついに、伊邪那美自身が追ってきます。


岩を、置いた

黄泉比良坂(よもつひらさか)の坂本で、伊邪那岐は千引の岩(ちびきのいわ)――千人がかりでようやく引けるほどの巨石――を据え、道を塞ぎました。

岩を挟んで、二柱は最後の言葉を交わします。

伊邪那美は言いました。「あなたの国の人を、一日に千人殺しましょう。」

伊邪那岐は答えました。「ならば私は、一日に千五百の産屋を建てよう。」

こうして、人は死に、それより多く生まれるようになった。

別れの言葉が、そのまま世界の仕組みになりました。


岩は、拒絶ではない

私はこの場面を、長いあいだ悲しい話として読んでいました。

けれど、いまは違うように思っています。

あの岩がなければ、生と死は混ざったままでした。

境目がないということは、どちらの世界も曖昧なままだということです。生きている者が黄泉へ行き来し、死んだ者が戻ってくる。それは温かい世界ではなく、どちらも確かでない世界です。

岩が置かれたから、生きている場所が生きている場所になりました。

**そして伊邪那美は、その岩の向こう側の主になったのです。**追い返された側ではなく、そちらを治める者として。


「区切りをつける」を、脳の側から見ると

曖昧なままだと、終われません

大切なものを失ったとき、それが確かに終わったと認識できるかどうかは、その後の回復に関わることが知られています。

行方が分からないまま、答えが出ないまま、けじめがつかないまま。そういう喪失は、通常の悲嘆より長く尾を引くことがあります。

儀式や区切りの行為に意味があるのは、「終わった」という印を外側につけるからです。

千引の岩は、まさにそれでした。

振り返ることを、責めなくていい

伊邪那岐は覗きました。約束を破りました。

けれど、それは自然な反応です。

つらい出来事のあと、同じ場面を何度も思い返してしまうことは誰にでもあります。抑え込もうとするほど、かえって浮かんでくることも知られています。

問題は振り返ることそのものではなく、そこに留まり続けるかどうかです。

伊邪那岐は、覗いて、逃げて、岩を置いて、身を清めました。動いたのです。

悲しみは、なくす必要がありません

そして、これが大事なところです。

区切りをつけることは、忘れることではありません。

伊邪那岐は岩を置いたあと、二度と伊邪那美に会っていません。けれど**彼女がいたことは消えていません。**生まれた島も、神々も、そこにあります。

関係を終わらせることと、なかったことにすることは、別のことです。


いま、あなたに置き換えると

戻らないと決めた時から、道はひらけます。

いま、もう戻らないと分かっているのに、まだ振り返り続けているものがあるなら。

**認めることは、冷たさではありません。**それぞれの場所を確かにすることです。

そして、区切りには形がいります。

心の中で「もう終わり」と思うだけでは、たいてい終わりません。外側に印を置いてください。

手紙を書いて出さずに置く。物を片づける。誰かに話す。日を決める。

千引の岩は、伊邪那岐が手で据えたものでした。


この神様が現れたとき

神託引きで黄泉津大神が出たなら、それは終わったものを終わったことにするときという報せです。

つらい報せではありません。境目ができれば、こちら側が確かになります。

そして、向こう側にも主がいます。放り出されているわけではありません。


黄泉津大神とゆかりの深い場所

  • 揖夜神社/島根県松江市 ― 伊邪那美をお祀りし、近くに黄泉比良坂の伝承地があります
  • 黄泉比良坂/島根県松江市東出雲町 ― 千引の岩に見立てた巨石が置かれています
  • 花窟神社/三重県熊野市 ― 伊邪那美の葬られた地と伝わります

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※ 大切な方を亡くされた直後など、悲しみが深いときには無理に区切りをつけようとしないでください。時間が必要な時期があります。眠れない、食べられないといった状態が続く場合は、専門の窓口にご相談ください。

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