前回、最後まで従わなかった星の神の話を書きました。
その星を、最後に鎮めた神の話です。
剣でも、雷でもありませんでした。
建葉槌とは、どんな神様か
建葉槌命(たけはづちのみこと)。**倭文神(しとりがみ)**とも呼ばれます。
「シトリ」とは倭文(しづり)――日本古来の、縞模様を織り込んだ織物のことです。大陸から伝わった綾錦に対して、在来の織り方を指します。
つまりこの神様は、機織りの神です。
大甕神社(茨城県日立市)の御祭神。倭文神社は各地にあり、織物と結びついた信仰を伝えています。
司るものは、織る。鎮める。そして、地道さ。
誰も勝てなかった
『日本書紀』の国譲りの場面です。
天つ神たちは葦原中国を平定するため、経津主と武甕槌を降ろしました。剣の神が二柱。この上ない布陣です。
二柱は、ほとんどの神を服従させます。
けれど――
「ただ、星の神・香香背男だけが従わなかった。」
剣の神が二柱がかりでも、動かせなかった。
そこで遣わされたのが、建葉槌命でした。
そして、この神によってようやく服したと記されます。
どうやって鎮めたのか
『日本書紀』は、方法を書いていません。
ただ「建葉槌命を遣わしたら服した」とあるだけです。
なぜ武神が勝てず、織物の神が収められたのか。理由が書かれていないというのが、この神話のいちばん興味深いところです。
いくつかの読み方があります。
織物には呪術的な力があると考えられていたという読み方。布を織ることは、糸を秩序づけることであり、乱れたものを整える働きだと。
星の神が布や織物と縁の深い存在だったという読み方。星の運行を織り目に見立てる考え方は、各地の文化にあります。
そして――力で押さえられなかったものが、別の性質のものに収まったという読み方。
どれも推測です。けれど、武で解けなかったものが武でないもので解けたという筋書きだけは、はっきり残っています。
手を動かし続ける仕事
機織りという仕事を思い浮かべてみてください。
一瞬で終わるものが、ひとつもありません。
糸を張り、一本ずつ通し、打ち込む。それを何千回と繰り返して、ようやく一反になります。
途中で「今日で仕上げる」と決めても、どうにもなりません。積み重ねた分しか、進まない。
派手な場面がなく、劇的な瞬間もない。
この神様が最後に登場するのは、そういう仕事の性質と関係があるように思えます。
「続けること」を、脳の側から見ると
繰り返しは、意識の外に沈んでいきます
同じ動作を繰り返していると、はじめは意識を要したことが、だんだん自動化されていきます。
考えなくてもできるようになる。そのぶん、意識は別のことに使えるようになります。
熟練とは、動きが速くなることではなく、意識を使わずにできる部分が増えていくことでもあります。
続けられるのは、小さくしたときです
そして、続けるためのこつもはっきりしています。
一度に大きくやろうとしないこと。
負荷が大きいほど、意志の力は早く尽きます。逆に、失敗しようがないほど小さい行動は、続きます。そして続いたものだけが、やがて習慣になります。
機織りの一往復は、それ自体は何でもありません。何でもないことを続けられる形にしてあるから、布になります。
力で解けないものが、時間で解けることがあります
もうひとつ。
正面からぶつかって動かないものが、別の角度から、時間をかけて、少しずつなら動くことがあります。
説得できない相手が、何年か経って態度を変える。動かなかった状況が、条件が変わって動き出す。
押して動かないなら、押し方ではなく、押すこと自体を変えるという手があります。
建葉槌命は、押しませんでした。
いま、あなたに置き換えると
派手な力ではなく、織り続ける手が収めます。
いま、正面から向き合ってどうにもならないことがあるなら。
**あなたの力が足りないのではないかもしれません。**剣の神が二柱がかりでも、あの星は動きませんでした。
そして、続けていることを軽んじないでください。
毎日の小さな繰り返しは、それ自体では何も起こしていないように見えます。
けれど――一反の布は、そうやってしかできません。
この神様が現れたとき
神託引きで建葉槌が出たなら、それは続けていることが効いているという報せです。
まだ形になっていなくても構いません。糸は、確かに増えています。
急がず、今日の一往復を。
建葉槌とゆかりの深い場所
- 大甕神社/茨城県日立市 ― 建葉槌命を主祭神とし、星の神を封じた宿魂石が残ります
- 倭文神社/鳥取県湯梨浜町 ― 伯耆国一宮。建葉槌命を祀ります
- 静神社/茨城県那珂市 ― 常陸国二宮。織物の神として信仰されてきました
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