運が悪い。
そう思ってしまう夜が、ありませんか?
いつも我慢する側にまわってしまう。
気づけば、自分をすり減らす場所を選んでいる。
その繰り返しを、私たちは「運」と呼んできました。
けれど、そこには脳の仕組みが静かに関わっています。
今日は、その話をさせてください。
■ 私たちの毎日は、思っているほど「選んで」いない
同じような相手を選んでしまう。
同じような環境に、また身を置いてしまう。
これは偶然ではありません。
南カリフォルニア大学のウェンディ・ウッド博士らは、参加者に一時間ごとの行動を記録してもらう調査を行いました。
その結果、日常行動のおよそ45パーセントが、ほぼ毎日、同じ場所で繰り返されていたことがわかっています(Wood, Quinn & Kashy, 2002)。
そしてこの研究には、もうひとつ興味深い発見がありました。
習慣的な行動をしているとき、人はその行動とは無関係なことを考えていたのです。
意識して導く必要がないほど、行動が自動化されていたということです。
つまり、私たちの一日の半分近くは、選んでいるようで、選んでいません。
運が悪いのではなく、道が一本しか見えなくなっている。
そういうことが、起こり得るのです。
■ その癖は、生き延びるために作られた
ここで、大切なことをお伝えしたいと思います。
その癖は、欠陥ではありません。
危険を察知し、衝突を避け、場を保つ。それは脳が、あなたを守るために覚えた戦略です。
先ほどの研究では、習慣的な行動のほうが、そうでない行動よりもストレスが少ないことも示されています。
慣れた道を通ることには、たしかに省エネの効果があるのです。
問題は、その戦略が優秀すぎて、必要のない場面でも自動的に起動してしまうこと。
もう安全な場所にいるのに、まだ身構えている。
多くの人が抱えている疲れの正体は、おそらくそこにあります。
■ 笑顔と脳の、少しややこしい関係
「笑っていれば運が向いてくる」
この言葉には、半分の真実があります。
2022年、19か国・3878人が参加した大規模な国際共同研究が『Nature Human Behaviour』に発表されました。
そこでは、意図的に笑顔をつくる動作が、幸福感を高めるだけでなく、幸福感を生み出すことすらあることが示されています(The Many Smiles Collaboration, 2022)。
作り笑いから始めても、気分はわずかに上向く。
それは、実際に起こることです。
けれど、条件があります。
心がすでに悲鳴をあげているとき、無理に笑うことは、まったく別の意味を持ちます。
スタンフォード大学のジェームズ・グロス博士らの実験では、感情を抑えて表情に出さないようにした人たちに、交感神経系の活動が高まる兆候が確認されました(Gross & Levenson, 1993)。
しかも、主観的な感情そのものは、抑えても変わらなかったのです。
つらさは減らないまま、身体だけが働き続けている。
そして、これは日常でも起きています。
感情労働に関する95の研究・494の相関を統合したメタ分析では、本心と表情が食い違う状態(感情不協和)や表層演技が、心身の不調と強く結びついていることが報告されています(Hülsheger & Schewe, 2011)。
表層演技は、健康・態度・仕事の成果・幸福感のいずれにも、一貫して負の影響を及ぼすとされています。
つまり、こういうことです。
余裕があるときの笑顔は、あなたを助けます。
余裕がないときの笑顔は、あなたを削ります。
無理に笑わなくても、いいのです。
■ 運の総量は、決まっていない
「ここで良いことがあったから、次は悪いことが来る」
この感覚を、持っていませんか。
けれど、運の総量が決まっているという考えに、根拠はありません。
これは脳の癖のひとつです。
人は出来事のあいだに因果を見つけたがります。
無関係なことがらを線でつなぎ、物語にしてしまう。そのほうが、世界が予測できるものに感じられるからです。
そして日本には、もうひとつの土壌があります。
我慢を美徳とする価値観です。
耐えることそのものに意味を見出す考え方は、共同体を保つうえで機能してきました。
けれどそれは、共同体のための知恵であって、あなたの幸福のための知恵ではありません。
何かを差し出さなければ、良いことは来ない。
そのルールは、あなたが作ったものではないはずです。
■ 脳は、何歳からでも変わる
社会の基準に従って、それなりに整った人生を築いた。
それなのに、満たされない。
そう感じる方に、お伝えしたいことがあります。
それは失敗ではなく、定義を書き換える時期が来た、というサインです。
そして、書き換えることは可能です。
ドイツのハンブルク大学の研究チームは、平均60歳の健康な高齢者に三球のジャグリングを練習してもらい、脳をMRIで追跡しました。
その結果、高齢の参加者にも、若い世代と同じように、視覚と運動に関わる脳領域の灰白質の変化が確認されました。
さらに、記憶に関わる海馬や、意欲に関わる側坐核にも、一時的な増加が見られています(Boyke et al., 2008)。
年齢を重ねても、脳は新しい回路をつくります。
変化の速度はゆるやかになります。けれど、方向は選べます。
何歳からでも、遅くはありません。
■ ただ、ひとつだけ難しいことがあります
幸せの定義は、あなたが決めていい。
そうお伝えしてきました。
けれど、ここで多くの方が立ち止まります。
決めていいと言われても、どれが自分の声なのか、わからない。
無理もありません。
長いあいだ、他人の基準で選び続けてきた脳は、その道ばかりが太くなっています。
自分の声は、細くなった道の奥のほうで、小さくなっているのです。
だから、ゼロから探そうとしても、見つかりにくい。
必要なのは、探すことではなく、映すことでした。
■ 一枚のカードは、答えではなく、鏡です
人は、外から言葉を差し出されたとき、はじめて自分の反応に気づきます。
コインを投げて、表が出た瞬間に「やっぱり裏がよかった」と思う。
あの感覚です。
決めたのはコインではありません。
あなたはもう答えを持っていて、コインがそれを引き出しただけです。
神託のカードも、同じ働きをします。
一枚を引いて、そこに書かれた言葉を読んだとき、あなたの内側が動きます。
嬉しい。
ざわつく。
腑に落ちる。
認めたくない。
その反応こそが、あなたの声です。
カードが当てているのではありません。
あなたが、自分の声を思い出しているのです。
引く前に、どうか身構えないでください。
良い結果を引こうとしなくて大丈夫です。
当たっているかどうかを確かめる必要もありません。
ただ、一枚を引いて、心の動きを見る。
それだけで十分です。
■ あなたへの処方箋
一つめ。今日、我慢しようとした瞬間に気づいてみてください。
止める必要はありません。
「あ、いま我慢しようとした」と、心の中で言葉にするだけで。
自動運転に、小さな隙間が入ります。
二つめ。笑わない時間を、一日のどこかに置いてください。
誰にも会わない、表情を作らなくていい時間。
本心と表情の食い違いから離れる数分が、削られたものを静かに戻していきます。
三つめ。自分ひとりで答えが出ないときは、一枚だけ引いてみてください。
無理に内省を深めようとしなくて大丈夫です。
差し出された言葉に、自分の心がどう動くか。
そこを見るだけで、輪郭は少しずつ現れてきます。
急がなくて大丈夫です。
長い時間をかけて作られた癖は、長い時間をかけてほどけていきます。
まず、一人で立つこと。
そこから、本物のつながりが始まります。
あなたの魂が、本来の輝きを取り戻せますように。
Soul Insight ― 魂の処方箋 ―
一枚引いた言葉に、あなたの心はどう動くでしょうか。
その反応が、あなたの声です。
▶神託引き
参考文献
- Wood, W., Quinn, J. M., & Kashy, D. A. (2002). Habits in everyday life: Thought, emotion, and action. Journal of Personality and Social Psychology, 83(6), 1281–1297.
- Coles, N. A., et al. (2022). A multi-lab test of the facial feedback hypothesis by the Many Smiles Collaboration. Nature Human Behaviour, 6, 1731–1742.
- Gross, J. J., & Levenson, R. W. (1993). Emotional suppression: Physiology, self-report, and expressive behavior. Journal of Personality and Social Psychology, 64(6), 970–986.
- Hülsheger, U. R., & Schewe, A. F. (2011). On the costs and benefits of emotional labor: A meta-analysis of three decades of research. Journal of Occupational Health Psychology.
- Boyke, J., Driemeyer, J., Gaser, C., Büchel, C., & May, A. (2008). Training-induced brain structure changes in the elderly. The Journal of Neuroscience, 28(28), 7031–7035.