「あなたのためを思って言っているのよ」
この言葉を、何度聞いてきたでしょうか。
言われるたびに、胸が締め付けられたように苦しくなる。
言われ続けると、悪いことが起きた時、
全部お前のせいだと言われている気がしてくる。
押し付ける愛は、本当の愛ではないのかもしれません。
それは、ことが起きた時の責任を転嫁するための
保険のようにも見えてきます。
今回は、この苦しさを
日本最古の神話のひとつと、心と脳のしくみから
ゆっくり見つめてみたいと思います。
■ 流された最初の御子、ヒルコ
『古事記』によると、
イザナギとイザナミは天の御柱をめぐって結ばれ、
最初の御子を授かりました。
それがヒルコ(水蛭子)です。
けれどヒルコは、うまく育たない子だったとされ、
葦の舟に入れて流されてしまいます。
その後、二柱の神は天の神々に相談し、
太占(ふとまに)という占いで原因を確かめました。
答えは「女神のほうが先に声をかけたから、よくなかった」。
ここに、この神話の大切なところがあります。
うまくいかなかった理由は、
儀式のやり方の問題だとされたのです。
ヒルコ自身には、何の落ち度もありませんでした。
それなのに、結果の重さを背負ったのは
いちばん小さく、声を持たないヒルコでした。
さらに言えば、その「理由」でさえ
女神ひとりに向けられています。
責任が、上から下へ、
強い者から弱い者へと押し流されていく。
「あなたのため」という言葉に苦しさを感じる方は、
この流れの、いちばん下に置かれてきた方なのかもしれません。
■「胸が締め付けられる」のは、気のせいではありません
「あなたのため」と言われて胸が苦しくなる。
これは、ただの気分の問題ではないようです。
2003年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の
ナオミ・アイゼンバーガー博士らは、
科学誌『サイエンス』に興味深い研究を発表しました。
仲間はずれにされたときの脳の働きを調べたところ、
体の痛みを感じるときに関わる
「背側前帯状皮質(はいそくぜんたいじょうひしつ)」という部分が
活発に働いていたのです。
心の痛みと体の痛みは、
脳の中で重なり合うところがある。
つまり、「胸が締め付けられる」という感覚は、
あなたの心がほんとうに痛みを感じているサインなのです。
どうか、「これくらいで苦しくなるなんて」と
ご自分を責めないでくださいね。
■ 愛の形をした「コントロール」
心理学には「心理的コントロール」という考え方があります。
アメリカの心理学者ブライアン・バーバー博士が
1990年代に整理した概念で、
罪悪感を抱かせたり、愛情を引っ込めたりすることで
相手の気持ちや考えを動かそうとする関わり方を指します。
「こんなにあなたのことを考えているのに」
「あなたのために言っているのに」
こうした言葉は、ときに
相手に罪悪感を植えつけ、従わせる働きを持ってしまいます。
研究では、こうした関わりを受け続けた子どもは、
不安や落ち込みを抱えやすくなる傾向があると報告されています。
ここで大切なのは、
言っている側に悪意があるとは限らない、ということです。
その方もまた、同じように育てられ、
同じ言葉を浴びてきたのかもしれません。
けれど、悪意がないことと、
あなたが苦しくないことは、別のお話です。
あなたの苦しさは、あなたの苦しさとして
大切に扱ってよいのだと思います。
■ 流された先で、福の神になる
ヒルコの物語には、続きがあります。
流されたヒルコは、やがて浜辺にたどり着き、
人々に拾われ、大切に祀られるようになったと伝えられています。
兵庫県の西宮神社では、
ヒルコは「えびす大神」としてお祀りされています。
七福神のなかで、唯一日本生まれの神様といわれるえびす様。
いつもにこやかに鯛を抱え、
人々に福を運ぶ神様です。
捨てられた御子が、
人を笑顔にする神様になった。
古代の人々は、この物語の中に
「流されたものは、終わりではない」という祈りを
込めていたのかもしれません。
■ 舟から、重さを降ろすということ
脳には「神経可塑性」という性質があります。
何歳になっても、新しい経験や考え方によって
脳のつながりは少しずつ変わっていく、というものです。
長いあいだ「全部わたしのせい」と感じてきた心の回路も、
新しい言葉を繰り返し自分にかけることで
ゆっくりと形を変えていくと考えられています。
たとえば、こんな言葉です。
「それは、わたしが背負う重さではなかった」
「わたしは、わたしのために選んでいい」
最初は、しっくりこなくても大丈夫です。
抵抗が起きるということは、
そこに大切な何かがある、というサインなのかもしれません。
ヒルコの舟が浜にたどり着いたように、
あなたの舟も、きっといつか穏やかな場所へたどり着きます。
そのとき、あなたは
誰かの「あなたのため」ではなく、
自分の声で生きる神様になっているのだと思います。
■ おわりに
押し付けられた愛に、苦しんできたあなたへ。
その苦しさは、あなたが弱いからではありません。
背負わなくていい重さを、
ずっと抱えてきた証なのだと思います。
今日は、ほんの少しだけ
その重さを舟から降ろしてみてくださいね。
あなたの魂が、本来の輝きを取り戻せますように。
内乃燈 | 魂の処方箋
【参考】
・『古事記』上巻(イザナギ・イザナミの国生み)
・Eisenberger, N. I., Lieberman, M. D., & Williams, K. D. (2003). Does rejection hurt? An fMRI study of social exclusion. Science, 302, 290–292.
・Barber, B. K. (1996). Parental psychological control: Revisiting a neglected construct. Child Development, 67(6), 3296–3319.
・西宮神社(えびす宮総本社)由緒