不思議な力

「分かりません」と言える勇気 ― 無知の知と、潜在意識が答えを知っている理由

内乃燈

50代になってから職場でのパワハラモラハラがきっかけで鬱になり、生きる希望を無くしていた時に、真の成功者の動画と出逢い救われました。自分と愛する家族を守るために、私が日々、真の成功者から学んでることを、このサイトでシェアしていきます。私と同じように考えていらっしゃる方へ向けて、役に立つ情報を真心を込めて配信していきます。

こんにちは、内乃燈です。

このサイトにお越しいただきありがとうございます。

突然ですが、あなたが

「分かりません」と、最後に口にしたのは、いつでしょうか。

思い出そうとして、すぐには出てこないかもしれません。

私たちは、いつのまにか「知らない」と言いにくい場所で生きています。

けれど、その「分かりません」のなかにこそ、二千年前の哲学者が見つめた知恵と、あなたの奥に眠る答えへの入り口があります。

今日はそれを、ソクラテスの言葉と、脳のしくみの両側から、静かにほどいていきたいと思います。

■ ソクラテスが残した「無知の知」

古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、ある神託をきっかけに、一つの真実にたどり着きました。

「アテネでもっとも賢い者はソクラテスである」と告げられたとき、彼は戸惑います。

自分は、何も知らないと思っていたからです。

そこで彼は、賢いとされる人々を訪ね歩きました。

すると、誰もが「自分は知っている」と信じこんでいる。

けれど、本当のところは分かっていない。

ソクラテスだけが、違っていました。

彼は、自分が知らないということを、知っていたのです。

知らないことを知らないままにせず、「分からない」と認められること。

ここから、すべての探求は始まる。これが「無知の知」です。

賢さとは、答えを多く持っていることではありませんでした。

「まだ分からない」と正直に立っていられること。

それこそが、知のいちばん深い場所にあるものでした。

ソクラテスはまた、「汝自身を知れ」という言葉を大切にしたと伝えられています。

外の知識を集めることよりも、自分の内側を見つめること。

彼の哲学は、いつも内へ、内へと向かっていました。

 

■ なぜ私たちは「知らない」と言えなくなったのか

ソクラテスから二千年。

私たちは、ずいぶん逆の場所に来てしまったのかもしれません。

多くを知っている人ほど賢いとされ、即座に答えられることが評価される時代です。

情報は止まることなく流れ込み、「知らない」と立ち止まることが、まるで遅れのように扱われてしまう。

だから私たちは、分かったふりを覚えていきます。

期待に応えるために。

失望されないために。

少しずつ、知ったかぶりを重ねながら。

それは、決して不誠実だからではありません。

むしろ、まじめに、誰かの期待に応えようとしてきた人ほど、この鎧を重く着込んでいるのです。

「無知の知」が賢さだった時代から、「無知を隠すこと」が求められる時代へ。

私たちの疲れの多くは、この反転の中にあるのかもしれません。

 

■ 知ったかぶりをするとき、脳で起きていること

私たちが「知っているふり」をしているとき、脳の前頭前皮質では、静かな負荷がかかっているといわれています。

前頭前皮質は、思考や判断、自分を客観的に見つめる働きをになう領域です。

ふりを続けるには、つじつまを合わせ、ボロを出さないよう監視し続けなければなりません。

「間違えてはいけない」という緊張が、この領域を働かせ続けるのです。

同時に、不確かさや評価への不安に反応して、自律神経のうち交感神経が優位になりやすくなります。

心拍はわずかに上がり、肩や呼吸は浅くこわばっていく。身体は、ごく小さな「戦闘態勢」に入っていきます。

心理学では、こうした「曖昧さに耐えられない傾向」が強いほど、不安やストレスを抱えやすいことが知られています。

分からないものを、分からないままにしておけない。

その状態こそが、私たちを消耗させているのです。

知ったかぶりは、誰かのための鎧ではなく、たいてい、自分を守るための鎧です。

そして鎧は、着けたままでは、しだいに重くなっていきます。

 

■ 「分かりません」と認めた瞬間、緊張はほどけていく

ここに、希望があります。

「分かりません」と正直に認めた瞬間、それまでの緊張が、ふっとゆるむのです。

もう、つじつまを合わせる必要がない。

ボロを出すまいと身構える必要もない。

監視の役目から解放された脳は、不安の信号を静め、交感神経の高ぶりはゆっくりと収まっていきます。

呼吸が深くなり、肩の力が抜けていく。

心が、静かに凪いでいく。

ソクラテスが立っていたのも、きっとこの場所でした。

「分からない」を抱えていられる人だけが、たどり着ける静けさ。

「分かりません」とは、敗北ではありません。

それは、張りつめていた糸を、自分の意思でゆるめる行為なのです。

 

■ 潜在意識は、もう答えを知っている

そして、ここからが本当にお伝えしたいことです。

頭で必死に答えを探しているあいだ、私たちはたいてい、もっと深いところにある声を聞き逃しています。

脳は、意識して考え込むのをやめたとき、別のはたらきを始めます。

力が抜けてリラックスした状態のとき、点と点が静かに結ばれ、思いがけない気づき――いわゆる「ひらめき」が訪れやすいことが、脳科学の研究でも知られています。

考えるのをやめた静けさの中で、目を覚ますもの。

それが、直感です。

直感とは、根拠のない当てずっぽうではありません。

あなたがこれまで積み重ねてきた経験や感覚が、意識の水面下――潜在意識の中で、静かに編まれ、形になったもの。

私たちが意識して使えている心は、ほんの一部だといわれます。

その何倍もの広さで、潜在意識は、あなたの感じてきたすべてを、静かに記憶し、つなぎ合わせています。

あなたの潜在意識は、もう答えを知っているのかもしれません。

ただ、「知らなければ」という焦りの声が大きすぎて、その小さなささやきが、かき消されていただけなのです。

ソクラテスが「汝自身を知れ」と言ったように、答えは、いつも外ではなく、内にありました。

頭で探すのをやめたとき、潜在意識は、ようやくあなたに語りかけはじめます。

 

■ 知をてらわない、という日本の美意識

日本には、古くから「虚心」という言葉があります。

わだかまりや先入観を手放し、心を空っぽにして物事に向き合う、という姿勢です。

茶の湯にも、武道にも、知識をひけらかさず、まず自分を空にしてから相手や場と向き合うという精神が流れています。

満たされた器には、それ以上なにも注げません。

半分、空けておくからこそ、新しいものが入ってくる。

「分からない」と言えることは、この器を空けておくことに、よく似ています。

それは無知ではなく、これから受け取るための、静かな余白なのです。

ソクラテスの「無知の知」と、日本の「虚心」。

遠く離れた二つの知恵が、同じことを語っています。空けておくこと。そこに、本当の答えが満ちていく、と。

 

■ あなたへの処方箋

最後に、今夜から試せる小さな習慣を、そっと置いておきます。

ひとつ。今日、分かったふりをしてしまった瞬間を、責めずに思い出してみる。 気づくことが、鎧をゆるめる最初の一歩になります。

ふたつ。誰にも言えなくていいので、自分にだけ「本当は、よく分からなかった」と打ち明けてみる。 言葉にした瞬間、前頭前皮質の緊張は、ほんの少しほどけていきます。

みっつ。答えを探すのをやめて、ただ深く息を吐いてみる。 考えるのをやめた静けさの中にこそ、あなたの直感は戻ってきます。 そして、潜在意識が、奥のほうから静かに答えを差し出してくれます。

 

「分かりません」と言える勇気。

それは、外側の正解を手放して、自分の内側の声――直感を、潜在意識を、魂の声を信じる、ということ。

ソクラテスは、知らないことから始めました。 あなたも、今夜から始められます。

あなたの心が、少しでも凪いでいますように。

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