笑いが、閉じた扉を開けた|天宇受賣と、取り繕うのをやめる話
世界から光が消えたとき、神々が選んだ方法は、意外なものでした。 説得ではありません。力ずくでもありません。 祭りを起こしたのです。 その中心で舞ったのが、天宇受賣(あめのうずめ)でした。 天宇受賣とは、どんな神様か 芸能の女神です。神楽(かぐら)の起源とされ、踊り手や役者の守り神として信仰されてきました。 猿女君(さるめのきみ)という一族の祖ともされます。のちに天孫降臨のとき、道の途中に立ちはだかる猿田彦と対峙し、結ばれる神様でもあります。 司るものは、歓喜。解放。そして、魅せること。 岩戸の前で、何が起 ...
見るなと言った神|伊邪那美と、終わりを終わりにすること
日本神話でいちばん哀しい場面を挙げるなら、私はここを選びます。 黄泉比良坂(よもつひらさか)。生者の世界と死者の世界の境目に、大きな岩が置かれる場面です。 かつて共に国を生んだ二柱が、その岩を挟んで最後の言葉を交わします。 伊邪那美とは、どんな神様か 伊邪那美(いざなみ)は、伊邪那岐とともに国を生んだ女神です。名は「誘(いざな)う女」を意味するといわれます。 大八島(おおやしま)と呼ばれる島々を生み、山の神、海の神、風の神と、次々に神々を生みました。 司るものは、生と死。受容。そして、変容。 火を産んで、 ...
世界は、ひとかきから始まった|伊邪那岐と、最初の一歩の話
日本神話の世界は、どう始まったか。 設計図があったわけではありません。壮大な計画も、完成予想図もありませんでした。 海を、矛でひとかきしただけです。 伊邪那岐とは、どんな神様か 伊邪那岐(いざなぎ)は、伊邪那美(いざなみ)とともに国を生んだ男神です。名は「誘(いざな)う男」を意味するといわれます。 天照大御神、月読命、建速須佐之男命という三貴子の父でもあります。 司るものは、創造。決断。そして、禊(みそぎ)。 天浮橋の上で 天と地がまだ形をなしていなかった頃、天つ神たちは伊邪那岐と伊邪那美に、この漂う国を ...
二度殺された神|大国主と、遠回りが道になるということ
出雲大社に祀られ、縁結びの神として知られる大国主(おおくにぬし)。 けれどその生涯を『古事記』でたどると、縁結びどころではないことに気づきます。 兄たちに二度殺され、二度蘇り、逃げ、試され、また逃げる。読んでいて、よくここまで折れなかったものだと思うほどです。 そしてその果てに、国を治める神になりました。 大国主とは、どんな神様か 須佐之男命の子孫と語られます。名前は「大いなる国の主」。葦原中国(あしはらのなかつくに)を造り、治めた神です。 大国主という名のほかに、大穴牟遅神(おおなむぢのかみ)、葦原色許 ...
稲荷の神は、なぜ狐を連れているのか|宇迦之御魂と、めぐらせる力
日本でいちばん数の多い神社をご存じでしょうか。 稲荷神社です。全国に三万社とも、それ以上ともいわれます。あの朱い鳥居が並ぶ光景は、日本の風景そのものと言っていいほど、私たちの目に馴染んでいます。 その主祭神が、宇迦之御魂(うかのみたま)です。 宇迦之御魂とは、どんな神様か 須佐之男命と、神大市比売(かむおおいちひめ)の子と語られます。姉妹に大年神(おおとしのかみ)がいます。 「ウカ」とは、食物を意味する古い言葉です。「宇迦之御魂」で、食物を司る御魂ということになります。 司るものは、実り。豊かさ。そして、 ...
光を隠した神|天照大御神の岩戸隠れと、心が閉じるとき
日本神話でいちばん有名な場面を、ひとつ挙げるとすればここでしょう。 太陽の女神が、岩の戸の向こうに隠れてしまう。世界から光が消える。 けれどこの話を「神様の物語」として読むだけでは、少しもったいない気がしています。これは、傷ついた人の心に起きることを、そのまま写し取った話でもあるからです。 天照大御神とは、どんな神様か 天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、高天原(たかまがはら)を治める太陽の女神です。伊邪那岐(いざなぎ)が黄泉の国から戻り、身を清めたときに左目から生まれたと語られます。 伊勢神宮の内宮に ...
荒ぶる神は、なぜ英雄になれたのか|須佐之男命と、感情の使いみち
日本神話には、どうにも扱いにくい神様がいます。 建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)。泣き、暴れ、追放され、それでも最後には英雄になる。 この神様の物語がずっと語り継がれてきたのは、たぶん、私たちの中にも同じものがあるからだと思うのです。 須佐之男命とは、どんな神様か 伊邪那岐(いざなぎ)が身を清めたとき、鼻から生まれたと語られます。天照大御神、月読命と並ぶ三貴子(さんきし)のひとりです。 治めるよう命じられたのは、海原でした。 けれど須佐之男命は、そこを治めません。母のいる根の国へ行きたいと泣き続 ...
語らない神|月読命と、夜にしか出ない答えのこと
日本神話には、ほとんど何も語られない神様がいます。 月読命(つくよみのみこと)。 天照大御神、須佐之男命と並ぶ三貴子(さんきし)のひとりでありながら、登場する場面は驚くほど少ない。物語らしい物語が、ほとんど残っていないのです。 けれど私は、その沈黙こそがこの神様の性質なのだと思っています。 月読命とは、どんな神様か 伊邪那岐(いざなぎ)が黄泉の国から戻り、身を清めたとき、右目から生まれたと語られます。左目から生まれた天照大御神が昼を、右目から生まれた月読命が夜を治めることになりました。 司るものは、月。夜 ...
やさしい顔で来るもの|八俣遠呂智と、酔わされる仕組み
日本神話に登場する、最も有名な怪物。 八俣遠呂智(やまたのおろち)。八つの頭と八つの尾を持つ、山を八つ越えるほどの巨大な蛇です。 この物語がいまも読まれ続けているのは、倒し方にあると思っています。 須佐之男命は、力でねじ伏せたのではありません。酒で酔わせて、眠ったところを斬ったのです。 八俣遠呂智とは、何者か 『古事記』の描写は、驚くほど具体的です。 目は鬼灯(ほおずき)のように赤く光り、ひとつの胴体に八つの頭と八つの尾を持つ。背中には苔が生し、杉や檜が生えている。腹は爛れて血がにじんでいる。 苔と木が生 ...
「運が悪い」の正体 ― 我慢の癖と、脳が覚えてしまったもの ―
運が悪い。 そう思ってしまう夜が、ありませんか? いつも我慢する側にまわってしまう。 気づけば、自分をすり減らす場所を選んでいる。 その繰り返しを、私たちは「運」と呼んできました。 けれど、そこには脳の仕組みが静かに関わっています。 今日は、その話をさせてください。 ■ 私たちの毎日は、思っているほど「選んで」いない 同じような相手を選んでしまう。 同じような環境に、また身を置いてしまう。 これは偶然ではありません。 南カリフォルニア大学のウェンディ・ウッド博士らは、参加者に一時間ごとの行動を記録してもら ...









